2014年11月10日月曜日

「仏教先進国 ミャンマーのマインドフルネス」/Hasunohaピックアップ

「仏教先進国 ミャンマーのマインドフルネス」 西澤卓美氏著・サンガ出版


ティク・ナット・ハン師来日を来年に控えて、「マインドフルネス」という言葉があちらこちらで聞かれ始めています。ハン師の著書は「法華経の省察」(藤田一照師・訳)しか読んだことがありませんが、マインドフルネスとは何かを更に考える上で、実際に長年、ミャンマーにて修行なされた西澤氏の著書からも学んでみたいと存じます。マインドフルネスがどのように日本仏教と衝突して展開していくのか、注視して参りたいと思います。

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「Hasunoha」お坊さんがこたえるQ&Aサービス
http://hasunoha.jp/
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最近の問答ピックアップ

問い「人生に飽きました」
http://hasunoha.jp/questions/836

拙回答

ぼくが生きる今日はもっと生きたかった誰かの明日かもしれない

yt様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まず、実は仏教的には、生も死もございません。つまり、不生不死です。それは、般若心経にもございますように「不生不滅」のことになりますが、「不生不滅」に関しましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いておりますので、是非、ご参照下さい。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/不生不滅

そして、是非、般若心経の説く「不生不滅」、あるいは、龍樹大師が「中論」冒頭で説かれている「八不」(不生・不滅・不断・不常・不一・不異・不来・不去)とは、一体どのような内容であるのか、是非、お考えを頂けましたらと存じております。

それと、「生きる意味」につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いておりますが、実は「生きる意味も無い」のでございます。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/生きる意味

ただ、ここで、誤解を招かないように補足致しますと、上記のことはカッコ書きが必要で、それぞれ、「(実体としての)生、死は無い」、「(実体としての)生きる意味は無い」ということで、「(縁起としての)生、死は有る」、「(縁起としての)生きる意味は有る」となります。

是非、この相違を考えることから仏教を学んで頂けましたら、飽きることなく死生観を探求できるのではないかとは存じております。

一日一日、同じ瞬間の二度とないこの無常なる世界、新しい毎日、瞬間をできるだけ精一杯に悔いなく過ごして参りたいものでございます。

かりゆし58「オワリはじまり」
http://www.youtube.com/watch?v=iOh6Sy7dXTo

最後に、かりゆし58「さよなら」 の歌詞の一節も引用させて頂きます。

「ぼくが生きる今日はもっと生きたかった誰かの明日かもしれない」

川口英俊 合掌


問い「子ども、子宝?について」
http://hasunoha.jp/questions/826

拙回答

ホモ・サピエンスの生存戦略

えりぃ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まず下記問いの拙回答をご参照下さいませ。

問い「子供の産めない女性」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002973768.html

病気や障がいの有無に拘らず、私たちは本当に儚く弱い存在でございます。でも、私たち人間は、互いに支え合い、助け合い、分かち合うことにより、「種」の保存に成功して参りました。

そこで、最近注目のYahoo!知恵袋の問答をご紹介させて頂きます。是非、ご参考にして下さい。

「弱者を抹殺する。 不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければと思い...」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1463546664

ベストアンサーから抜粋・・

『・・「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ。あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です。遺伝子によって発現されるどういう"形質"が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です。例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません。だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです。・・中略・・アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね。ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです。その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです。だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです。「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです。我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです。・・』

川口英俊 合掌

hasunoha・拙回答まとめ集
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/

hasunoha・拙生紹介ページ
http://hasunoha.jp/users/16

hasunoha・拙寺紹介ページ
http://hasunoha.jp/temples/6

東日本大震災を機縁として立ち上がりました「hasunoha」に参画できましたこと、誠に感謝致しております。微力ながらにも一つ一つ少しずつでもお役に立てれる善行・功徳となりましたら、亡くなられました皆様への追善供養として回向申し上げたくに存じております。合掌

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勝義方便メモNo.10
http://togetter.com/li/719545

勝義方便メモNo.9
http://togetter.com/li/681727

勝義方便メモNo.9 超宗派系一覧(2014.7.13時点)
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52167906.html

「拙理解仏教図式No.7(2014.6.14)」ご提示・再考随時訂正予定
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/f11483ea1a2eb35ce5dcda72284b2bfa

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「 死後について 」平成26年9月・秋彼岸墓前回向 配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/46df9bb57071ef4f2b56161423dba66f

平成26年・お盆施餓鬼法要 法話内容 録画配信Ustream
http://www.ustream.tv/recorded/51379634

「お葬式について」平成26年8月・お盆施餓鬼法要・配布資料
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/0816eb5e788bf5ecfc8eed8e901b1a76

2013.11.19「空と縁起」に関する拙質問に対してのダライ・ラマ法王猊下様の御回答内容について
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/710b99c74854aebc871a6f75e28dde12

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2014.4.14 ダライ・ラマ法王猊下様によるチベット密教・胎蔵曼荼羅灌頂・ご報告
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/bc5c08f69d78bdda5c6cca62d17d87df

ダライ・ラマ法王猊下様今春ご来日動画集
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/52160454.html

「偉大なる第十四世の長寿を祈願する如意自在王〔経〕」
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/8f49efb18934ec00993d52e91c603327

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NGO「国境なき僧侶団」フェイスブック・ページ
https://www.facebook.com/pages/国境なき僧侶団/578961352183094

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【チベット問題】

チベット問題・焼身抗議等の詳細情報は、チベットNOW@ルンタ・ダラムサラ通信・中原一博氏のブログが参照となります。
http://blog.livedoor.jp/rftibet/

「太陽を取り戻すために チベットの焼身抗議」中原一博氏著
http://blog.livedoor.jp/rftibet/archives/51799025.html

無償ダウンロード
https://docs.google.com/file/d/0B6cmrkvyxC23QmhCRTZyeWRrNm8/edit

「自らを灯明と化した菩薩たちの願い」~チベット問題・焼身抗議を考える~
http://t.co/PwVvYWck

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川口英俊の自動配信・デイリー自動情報収集ネット新聞
http://paper.li/hide1125/1307742529

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